こぶー休息中!

引っ越して来ました。おばブーの旅(主に香港)と映画の日々。

「麦の穂をゆらす風」 The Wind That Shakes The Barley

ケン・ローチは、決して雄弁な映画を撮る監督ではないと思う。取り上げられているのは
歴史的な一場面ではなく、登場人物は決して英雄ではない。普通の人が、自分ではどうにも
抗えない歴史の流れや生活の中で、自分で決断をし自分で進んでゆく。その中で、今の日本人
である私達には、考えられないような犠牲を払わなくてはいけないことがある。

とはいえ、彼の描く人々は決して私達とかけ離れた別世界の人たちではないのだ。
日本だって、自分の運命をどうにもしがたい時代が、ちょっと前まであった。
理想のために自分を犠牲にし、理想の違いのために同胞の人たちや肉親とさえ争わなければ
いけないようなことは、世界中どこにでも起きているのだ。イギリスとアイルランドの間、
アイルランド人の間だけの話ではない。だからこそ、この映画にカンヌの
パルムドールが与えられたのだと思う。

政治に関心の無かったはずの青年が、イギリス人兵士の暴力を目の当たりにし、独立を
目指す。理不尽な暴力のために傷つくアイルランドのために。医師になるはずだった
青年は、皮肉にも理想のために人の命を、仲間を裏切った友人の命さえも奪わなくては
ならない。戦うのは若者だけはない。子供も女も老人も。そして、兄弟さえも
別の立場に立たされることになる。最後に生き残った者は重荷を背負う。歴史は
こういう市井の人々の上に成り立っている。

それにしても、このイギリスとアイルランドの話、そんなに昔の話ではない。
映画を撮影したコークには、今でもそのころの記憶を残している人たちが
沢山住んでいる。そして、ケン・ローチはイギリス人なのだ。反英的と
非難をあびながらも、今だからこそ問われる問題を描いた監督に拍手。