こぶー休息中!

引っ越して来ました。おばブーの旅(主に香港)と映画の日々。

「婚礼の前に」 The Wedding Chest

2007年第20回東京国際映画祭 <アジアの風> ロシア=キルギス=フランス=ドイツ作品

キルギス共和国に関して、漠然と旧ソビエト連邦に属していた中央アジアのどこかの国という知識しかありませんでした。生まれて初めてキルギスの映画を見て、キルギス語というものを耳にしたかもしれません。高い山に囲まれた緑の草原、広大な湖の風景や、人々の風俗はエキゾチック。でも、キルギスの人はモンゴロイドの顔をして、耳にもあまり違和感のない音の言葉をしゃべっています。(キルギス語は、日本語と同じような膠着語であり、母音調和のあるテュルク諸語に属しているそうです。)なんだかとっても親しみを覚えてしまうのでした。

パリで暮らすキルギス人青年アイダルはフランス人の恋人イザベルを連れて帰るが、家族に彼女と婚約したことをなかなか切り出せない。アイダルは故郷のしきたりや家族にまつわる伝説にしばられ、イザベルとの関係がぎくしゃくしてしまう。イザベルは、文化や風習の違いに戸惑いながらも、おおらかな村の人たちに惹かれてゆくが、アイダルの変化に心を痛める。

アイダルは、たぶんヨーロッパで高等教育を受け、ジャーナリストとしても立派に活躍している人だから、当然現代社会に適応した考えの持ち主であるはずです。でも、故郷に戻るなり、因習と伝統に縛られてしまいます。イザベルにとっては、アイダルの人が変わったと思われるぐらいの衝撃であり、孤独に取り残されたように思ったことでしょう。実はアイダルも、初めてヨーロッパ社会の中に入っていった時に、同じような衝撃を感じたものかもしれません。だからこそ、イザベルにも家族にも、摩擦や衝突をさけるようにとりつくろってしまったのでしょう。時には悲しく、時には滑稽な文化摩擦ですが、日本を含め世界中で同じようなことが起きています。ロシアで映画の勉強をしたヌベルク・エゲン監督もまた、同じような経験をしたに違いありません。

英語題の”The Wedding Chest”は、アイダルの故郷の風習に由来します。嫁をもらう家族は、美しい彫刻を施した大きな木箱に、花嫁にプレゼントする衣装や生地・アクセサリーをたくさん詰めて用意するのです。このチェストと、自分の考えに固執したちょっと頭のおかしなおじさんが、良さも悪さも含めた古きものの象徴なのだと思います。

上映後のティーチインで、最後がフランスのアパートメントで終わるシーンについて質問された監督は、これが今のキルギスの問題を現していると語っていました。多くのキルギス人が国を出てしまうのだそうです。